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updated 2014-06-30

 何を見たかと同じくらい、いやそれ以上に、何処で見たか、という記憶にふと感極まってしまうときがある。私にとって、それがバウスシアターだ。バウスシアターに行くときのワクワク感は遠くに住んでいたときも、近くに住むようになった現在も決して変わらない。あの高い天井を見上げて、最初に息を吸い込むときの、私と場の強い結束。どの映画館にもない、バウスシアターという空間だけにパッキングされた、あの空気。

 爆音映画祭で『ローラーガールズ・ダイアリー』を体験したときの忘れられない思い出。扉を開けると二人の女の子が「楽しいね!」と笑い合いながら踊っていた。それはまるで、「グルーヴ!」と叫びながらこの作品の撮影をしていたドリュー・バリモアやエレン・ペイジたちの底抜けの明るさ、スクリーンの胸騒ぎ、バカ騒ぎが、そのまま彼女たちに憑依したかのような歓喜の光景だった。おそらく他の映画館ではこんなことは起こらない。そう信じさせてくれるだけの開放的な空気、「箱」の匂いがバウスシアターにはある。この光景を目の当たりにしたとき、「映画館を体感する」ということのダイナミックな歓びを改めて教えられた。この空間は、スクリーンのグルーヴを人から人へ次々と感染させていく。この空間は、様々な人のグルングルンな感情を音響の中に縫い合わせていく。それが絶え間なく更新されるという、この空間の特性。こういった映画館をバウスシアター以外に私は知らない。

宮代大嗣